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の感染症

猫ひっかき病
(Cat-scratch disease)

丸山 総一(Souichi Maruyama)

日本大学生物資源科学部

獣医公衆衛生学研究室

病原体

図1.血液寒天培地上のBartonella henselae のコロニー

Bartonella henselaeが主要な病原体で、猫が自然病原巣である。本菌は、猫体内では赤血球の中に存在している。B. henselaeは小型(2×0.5~0.6μm)のグラム陰性、多形性単桿菌で、鞭毛はなく、発育にヘミン等の赤血球成分を必要とする。血液寒天培地に塗沫し、35~37℃、5%CO2の気相で培養すると、2~4週間で灰白色、表面が粗造、非溶血性、直径約0.5~1mm程度の微小なコロニーを形成する(図1)。

感染経路

猫ひっかき病は、その病名が示すように主に猫の掻傷、咬傷により感染する。特に、ネコノミ
(Ctenocephalides felis)が寄生した子猫を飼育している人で多発している。猫は、寄生したノミの糞便中に排泄された菌をグルーミングの際に歯牙や爪に付着・汚染させ、人へ創傷感染するものと思われる。
一方、猫-猫間の本菌の感染伝播にはネコノミが重要なベクターとなっている。

猫ひっかき病の疫学

1)人の感染状況
わが国では、猫ひっかき病患者数に関する全国的な統計は無いが、神戸市と福岡市の医師に行ったアンケート調査において、医師が診察した人獣共通感染症のうち、猫ひっかき病は外科系医師では1位、内科系医師では2位にランクされている。猫の飼育頭数(1,002万頭、2009年度推計)を考慮すると、わが国でも相当数の猫ひっかき病患者が発生しているものと考えられる。
わが国の猫ひっかき病患者は、全年齢層にみられるが、特に20歳以下に多い。性別にみると、患者の60%以上が女性で、10代と40代の女性に多発する傾向がみられる(表1)。わが国では、この年代の女性は、飼育や世話などで猫と接触する機会が多く、引っかかれる機会も多いと考えられる。
猫ひっかき病は、秋から冬にかけて多発する。この理由として、1)夏のネコノミの繁殖期にB. henselaeに感染した猫が増加し、寒い時期になると猫は室内にいることが多くなる、2)春から夏にかけて誕生した子猫をペットにする時期が秋口に多いため、人はこの時期に猫から受傷する機会が増えるためと考えられている。

Table 1

2)猫の感染状況
わが国の飼育猫を対象とした調査では、その7.2%(50/690)がBartonella属菌を保菌していたこと、保菌率は特に南の地方や都市部の猫、3歳以下の若い猫で高いことが示されている(表2、図2)。また、室外飼育の猫やノミの寄生のあった猫で抗体陽性率が有意に高かったこと(図3)、保菌率と同様に、1~3歳の若い猫や南の地方や都市部の猫で高かったことが判明している。したがって、わが国の猫のBartonella感染率は、飼育環境、ノミの分布・寄生状況あるいは地域の猫の密度に関係しているものと思われる。

図2.年齢別にみた猫の保菌率 図3. 猫の飼育状況・ノミ寄生状況によるB.henselae 抗体陽性率
Table 2

人の臨床症状

Image 4 & 5

定型的な猫ひっかき病では,猫による受傷から3~10日目に菌の侵入部位(通常,手指や前腕)に虫さされに似た病変が形成され,丘疹(図4)から水疱に,また,一部では化膿や潰瘍に発展する場合もある。これらの初期病変から1,2週間後にリンパ節の腫脹が現れる。リンパ節炎は,一般に一側性で,鼠径部,腋窩(図5)あるいは頸部リンパ節に多く現れる。わが国の猫ひっかき病患者(130名)のうち,リンパ節の腫脹を呈した患者は84.6%で,そのうち33%は頚部,27%が腋窩部,18%が鼠径部のリンパ節である。通常,リンパ節の腫脹は疼痛を伴い,数週から数ヵ月間持続する。多くの症例で,発熱,悪寒,倦怠,食欲不振,頭痛等を示すが,一般に良性で自然に治癒する。
猫ひっかき病の非定型的な症状は,5~10%の割合で発生する。その症状としては,パリノー症候群(耳周囲のリンパ節炎,眼球運動障害等),脳炎,骨溶解性の病変,心内膜炎,肉芽腫性肝炎,あるいは血小板減少性の紫斑等が報告されている。B. henselaeの心内膜炎は,猫ひっかき病の非定型的な症状として認められ,特に猫との接触がある心臓弁膜症患者に多くみられる。脳炎は猫ひっかき病の最も重篤な症状の一つで,リンパ節炎を発症してから2~6週後に発症する。多くは,後遺症なしに完全に治癒する。
免疫不全状態の人がB. henselaeに感染した場合,細菌性血管腫(bacillary angiomatosis)を起こす。細菌性血管腫は上皮様血管腫症(epitheloid angiomatosis)ともいわれ,血液の充満した嚢腫を特徴とした皮膚の血管増殖性疾患で,臨床的にはカポジ肉腫のような紫色や無色の小胞あるいは嚢胞性皮膚病変である。実質臓器に嚢腫が波及した場合,細菌性肝臓紫斑病(bacillary peliosis hepatic),脾臓性紫斑病(splenic peliosis)ともよばれる。

猫の臨床症状

B. henselae に感染している猫は,通常臨床症状を示さない。B. henselaeを実験的に猫に感染させた場合,約1週間で菌血症(菌量:3~106FU/ml)に達し,2~3ヵ月間持続する。自然感染した猫では1~2年もの間,菌血症が持続した例もある。
実験感染した猫では,発熱,一過性の神経機能障害,傾眠,食欲不振などが見られている。

診断

猫ひっかき病を臨床診断する場合,鼠径リンパ肉芽腫,化膿性炎,非定型抗酸菌症,結核,ブルセラ症,野兎病,伝染性単核症,コクシジオマイコーシス,ヒストプラズマ症,ホジキン病,サルコイドーシス等のリンパ節が腫脹する他の疾病との類症鑑別が必要である。
血清診断には,B. henselae菌体抗原を用いた間接蛍光抗体法(IFA)が用いられる。われわれは,IgM抗体が1:16希釈以上,IgG抗体が1:128希釈以上で特異的な蛍光が見られたものを陽性としている。ペア血清でIgM抗体が検出されなかった場合,IgG抗体価に4倍以上の差がみられたものを陽性とする。
患者血液,リンパ節生検材料から本菌を分離することは非常に難しく,また培養から同定までに時間がかかるため,PCR法により臨床材料中のB. henselaeの遺伝子を検出する方法が迅速診断上有用である。

治療

定型的な猫ひっかき病に対して各種の抗菌性物質による治療が試みられているが,その効果は低い。免疫不全患者に発生した細菌性血管腫や細菌性肝臓紫斑病の治療には,エリスロマイシン, リファンピシン, ゲンタマイシン, ドキシサイクリン, シプロフロキサシン等が有効である。
猫ではドキシサイクリン,リンコマイシン,アモキシシリンの連続経口投与で,ある程度菌血症のレベルを抑制できるが,完全には除菌できない。

予防

猫ひっかき病の発症には猫が深く関与しているものの,猫との接触や受傷で直ちに発症することはない。性格のおとなしい猫を飼うこと,定期的な爪切り,猫(特に子猫)との接触後の手指の洗浄,猫による外傷の消毒,ならびにネコノミの駆除等の一般的な衛生対策で対応する。子供のいる家庭内で猫を飼育する場合,ノミ対策を施された猫やB. henselae 菌血症が陰性であることを確認された猫を飼育することも考慮する。また,免疫不全状態にある人は,猫ひっかき病以外の感染症の可能性も考慮して,猫との接触は避けるべきである。

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