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の感染症

猫カリシウイルス感染症
(Feline Calicivirus Infection)

前田 健(Ken MAEDA)

山口大学獣医微生物学教室

病態

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猫カリシウイルス感染症は猫カリシウイルス(feline calicivirus; FCV)が引き起こす感染症の総称である。猫ヘルペスウイルスとともに上部呼吸器疾患を引き起こすウイルスの代表となっている。FCVは発症猫や回復あるいは不顕性感染した外見上健康な猫から排出された分泌物に含まれるウイルスが経口あるいは経鼻的に感受性猫に取り込まれることにより感染が成立する。不顕性感染も多いが、元気消失、発熱、くしゃみ、 鼻汁漏出、流涙などの一般的な呼吸器症状に加えて、舌や口腔内の水胞形成と潰瘍が多発する。肺炎や跛行も認められることがある。一般的症状は数日で回復し、予後良好である。 猫ヘルペスウイルス感染症との類症鑑別は困難であるが、猫カリシウイルス感染症は口腔内の潰瘍などが特徴的である。呼吸器上皮の炎症と肺炎の場合には滲出性から間質性肺炎となる。関節炎の場合は滑膜の肥厚と滑液の増量がある。加えて、慢性の歯肉炎や口内炎からも高頻度にFCVが検出されており、関連が疑われている。 近年、より病原性が強く全身感染を引き起こす強毒全身性ネコカリシウイルス(virulent systemic FCV)が報告されている。このVS-FCVは成猫により重度の病気を引き起こすが、発熱、皮下浮腫、頭部や下肢の潰瘍、黄疸などの全身症状、67%以上の高致死率が特徴である。

症状 猫ヘルペスウイルス感染症  猫カリシウイルス感染症
全身倦怠感 + + +
くしゃみ + + +
結膜炎 + + + +
流涙・目やに + + + + +
角膜炎 + 
流涎 + + 
鼻汁 (+) + +
口腔内潰瘍 (+) + + +
発咳
肺炎
跛行 + +

ネコのウイルス性上部気道感染症の類症鑑別

疫学

世界中の猫で感染が認められるが、同時飼育頭数が多いほどFCV感染率は高い傾向にある。すなわち多頭飼育がFCVのハイリスク因子である。

感染猫の分泌物から経口または経鼻を介して直接感染する。FCVの伝播力は非常に強い。感染から回復した猫や不顕性感染の猫も長期間ウイルスを排出する。回復した猫のほとんどが30日間以上ウイルスを排出し続け、数年にわたりウイルスを排出し続ける場合もある。排出されたFCVは常温で環境中に1カ月以上、低温であればさらに長期間感染力を保持し続ける。間接感染は分泌物により汚染されたケージやえさ箱、清掃道具、獣医師、看護師などの衣類を介して感染するといわれている。特に、VS-FCVの発生例では、病気の猫と接触した獣医療関係者が自宅の猫に感染させるケースが頻発した。しかし、基本的には、猫同士の直接接触が主な感染経路である。猫カリシウイルスは変異が激しく、野外における株間での抗原性が大きく異なり、感染しても他の株に対する防御免疫が誘導されないため、何度でも異なる株に感染する。すなわち、FCV感染から回復した猫でも、別の抗原性の異なる株に感染して発症する。

診断

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猫カリシウイルス感染症の主な診断法はRT-PCRによるウイルスRNAの検出とウイルス分離である。

病変部のぬぐい液、口腔・鼻腔・結膜ぬぐい液を採取して検査材料とする。採材後は、乾燥を防ぎ、冷蔵で保存し、出来る限り早期に検査を実施する。血液は、抗凝固剤を入れないで採血し、血清成分を回収し、保存する場合は検査を実施するまでは冷蔵保存する。検査まで日数がかかるようであれば、病変部ぬぐい液は-80℃、血清や血漿は-20℃で冷凍保存する。


ウイルスRNAは結膜および口腔ぬぐい液、血液、皮膚病変、肺組織からRT-PCRにより検出される。しかし、PCR陽性の場合は注意して判定する必要がある。なぜなら持続感染ネコから排出される少量のウイルスが検出されているだけで、病気とは関係がない可能性がある。

ウイルス分離は比較的容易ではあるが、時間を要し、かつ陽性でも持続感染したウイルスである可能性が否定できない。しかし、血液からのウイルス分離は、診断的にFCV関与を強く疑わせるが、弱毒生ワクチン接種でもウイルスが血液中に検出されている。VS-FCVは臨床症状と複数の猫の血液中から同じウイルス株分離がされることで診断される。

血清学的診断法に関しては、ウイルス中和試験やELISAなどがあげられる。しかし、多くの飼育猫はワクチン接種や自然感染しているため、抗体陽性である。また、抗原性が株間で異なり、例えFCV感染で発症していても診断に用いた株に対しては抗体が上昇しないことがある。すなわち、抗体陽性は、中和試験に用いた株とその類似株に対する感染防御能を意味しているが、それ以外の株に対する防御効果は不明である。 グラフは感染実験後の発症、ウイルス分離、抗体の推移を示している。発症期はウイルスが多く、逆に抗体が存在していない。防御免疫(その一部が抗体)が出現しだすと、ウイルス量は急速に減少し、症状は回復する。重要なことは、症状回復後もウイルスを排出し続けることである。これを持続感染というが、FCV感染の場合は健康キャリアー、回復期キャリアーとなり、病気を引き起していない場合でもウイルスが検出されることがある。

予防

弱毒生ワクチンあるいは不活化ワクチンが市販されている。9週と12週目のワクチン接種と1年後の追加免疫、その後3年毎の追加接種が推奨される。リスクが高い場合は16週目のワクチン接種と毎年の追加接種を検討すべきである。また、FCV感染から回復した猫も生涯発症から免れるわけではないので、追加ワクチン接種は継続すべきである。近年は、多様な抗原性に対応すべく改良ワクチンも市販されている。しかし、全ての野外株に有効なワクチンがないのが現状である。

感染猫から排出されたFCVは環境中で非常に耐性であり、約1ヵ月間感染性を保持している。消毒は慎重に行わなければならない。0.1%次亜塩素酸ナトリウムはFCVの消毒に有効である。

治療

FCV治療薬としてネコのインターフェロン製剤(IFN-ω)が市販されており、1日1回の静注を3日間継続する。またネコ型モノクローナル抗体も市販されていた。加えて輸液などの対症療法と適切な飼育管理が重要である。食欲不振の猫には嗜好性が高く, 混合された、温かいえさを与える。ブロムヘキシンなどの去痰薬や生理食塩水との噴霧も有効である。二次感染予防のための広域スペクトラムの抗生物質も有効である。

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