猫
猫
前田 健(Ken MAEDA)
山口大学獣医微生物学教室
結膜炎と流涙および鼻汁の排出
結膜炎と鼻汁
猫ヘルペスウイルス感染症は猫ヘルペスウイルス(Feline herpesvirus-1; FeHV-1)によって引き起こされる感染症の総称である。典型的な症状として鼻炎と結膜炎を主徴とする上部気道炎であるため猫ウイルス性鼻気管炎(Feline viral rhinotracheitis; FVR)と呼ばれる。感染猫の口腔・鼻腔・結膜からの分泌物にウイルスが大量に含まれており、それを感受性猫が口・鼻・眼より取り込むことにより感染が成立する。感染したウイルスは鼻腔粘膜上皮で増殖後、結膜、咽頭、気管、気管支、細気管支に広がり発症する。その結果として粘膜表面の糜爛、潰瘍がおこり、結膜炎や鼻炎を発症する。稀ではあるが樹枝状角膜潰瘍はFeHV-1感染の特徴である。典型的な症状は、発熱、沈鬱、食欲不振、漿液性・血様性の口腔・鼻腔分泌物、結膜の充血、鼻汁、そして稀に流涎や発咳である。細菌などの二次感染が起こると分泌物は膿性となる。感受性の高い子猫では肺炎やウイルス血症を引き起こし、一般症状が悪化し、時に死に至る。口腔や皮膚の潰瘍、皮膚炎、神経症状、流産が認められることもある。角膜の浮腫、血管新生、炎症細胞の浸潤、時に失明を伴う角膜実質炎と慢性の副鼻腔炎 は、FeHV-1感染により誘導された免疫介在性の疾患であり、ウイルスが分離されず核酸のみ検出される。それ以外に、角膜腐骨、好酸球性角膜炎、ブドウ膜炎などもFeHV-1によるものと考えられている。他の呼吸器病原体である猫カリシウイルス、猫クラミジア菌、ボルデテラ菌、マイコプラズマなどと重感染を引き起こし、様々な病気を引き起こす。
飼育猫がFeHV-1の主要な宿主であるが、ライオンやチーターなどのほとんどすべての猫科動物が感染すると考えてよい。ワクチン未接種の飼育猫でも高い抗体陽性率を有していることから、ほぼすべての飼育猫が感染する機会がある。
急性症状から回復した個体では、ウイルスが神経節(主に三叉神経節)に潜伏感染(latent infection)し、生涯にわたりウイルスを保持することになる。ストレスや副腎皮質ホルモンなどの免疫抑制剤の使用により、ウイルスは再活性化(reactivation)し症状の再発や他への感染源となる。すなわち、急性期の発症個体とともにウイルスが再活性化した個体がFeHV-1の二大感染源となる。
経胎盤感染はないが、出産・泌乳がストレスとなりウイルスが再活性化し、その結果として新生児が感染する。新生子猫は移行抗体により防御されるが、この防御は抗体量に依存し、移行抗体が多い場合は発症を免れるが、少ない場合は発症する。
多頭飼育がFeHV-1感染の重要なリスクファクターとなっており、シェルターや繁殖施設での飼育猫はハイリスク個体となる。
採材は、病変部のぬぐい液、主に口腔・鼻腔・結膜ぬぐい液を採取して検査材料とする。採材後は、乾燥を防ぎ、冷蔵で保存し、出来る限り早期に検査を実施する。血液は、抗凝固剤を入れないで採血し、血清成分を回収する。抗凝固剤を使用する場合はヘパリンを用いてはならない。ヘパリンはFeHV-1の感染を阻害するのでヘパリン以外のEDTAなどを用いて、血漿を回収する。 採材された検体は検査を実施するまで
は冷蔵保存する。検査まで日数がかかるようであれば、病変部ぬぐい液は-80℃、血清や血漿は-20℃で冷凍保存する。
猫ヘルペスウイルス感染症の診断法は3種類ある。ウイルス抗原あるいは核酸の検出と抗体を検出する血清学的診断法である。迅速診断が必要な現場ではPCRによるウイルス核酸の検出が有用である。しかし、それぞれ診断法に特徴があるために、その特徴を理解したうえで、診断法を選択し、診断結果を解析する必要がある。
グラフは感染実験後の発症、ウイルス分離、抗体の推移を示している。発症期はウイルスが多く、逆に抗体が存在していない。防御免疫(その一部が抗体)が出現しだすと、ウイルスが急速に検出されなくなり、症状は回復する。重要なことは、FeHV-1の場合は潜伏感染から再活性化が時々認められ、病気を引き起していない場合でもウイルスが検出されることがあるので注意する。
ウイルス分離は最も確実な診断方法であり、ウイルス分離陽性はほぼその疾患の主要な病原体であるといえる。一方、ウイルス分離陰性の場合は、抗体の有無によりウイルス分離ができない場合があるため、疾患とFeHV-1の関与を否定するのは不可能である。またウイルス分離は時間を要するため、事後の確定診断となることが多い。
PCRによるウイルス核酸の検出は、短時間かつ比較的簡単に実施できるため多用されている。PCR陽性は核酸の存在を意味するが、活性のあるウイルスの存在の証明ではないので注意する。また、感度が高いため潜伏感染からの再活性化あるいは持続感染している少量のウイルスを検出しているだけで病気と関連がない場合がある。PCR陽性は臨床症状とともに総合的に判定する必要があるが、逆にPCR陰性はFeHV-1の病気へ関与を否定できる。
血清学的診断法としては、主にウイルス中和試験と間接蛍光抗体法が主に用いられる。両診断法とも診断法としては特異的であり感度も十分である。しかし、血清学的診断の検査結果を判定する際は、幾つか注意を要する。病気の原因としてFeHV-1の関与を血清学的に判定するには、発症期(できるだけ早期)と回復期(2週以上後)の血清、いわゆるペア血清の抗体価を比較する必要がある。回復期の血清が発症期の血清より4倍以上の抗体価が上昇している場合は、発症期前後にFeHV-1が猫の体内で増殖していたことを意味し、病気への関与が強く疑われる。幼犬の場合は、移行抗体が存在する生後約10週以前では血清学的診断は移行抗体の影響を考慮しなければならず判定が困難となる。病変部の組織所見では好酸性核内封入体も特徴的に認められる。
どの診断法を用いてもひとつの診断法のみで確実に診断できないので、臨床症状などと総合的に判定することが重要である。
治療の基本は対症療法である。鼻汁や目からの分泌物を取り除き,脱水などが認められれば補液を行う。抗炎症の目的としてステロイドは使ってはならない。二次感染予防のために、広域スペクトラムの抗生物質の投与も有効である。
FeHV-1特異的な治療薬として,特異的な組換え猫型抗体が市販されていた。眼疾患にはiododeoxyuridine,trifluorothymidine, gancyclovirの点眼,また,全身投与としてはacyclovir,IFN-α,L-lysineの経口投与が有効であるといわれている。
低温で高継代された弱毒株を用いた生ワクチンと野外株を不活化した不活化ワクチンの2種類がある。猫カリシウイルス感染症と猫汎白血球減少症に対するワクチンとともに猫ウイルス感染症に対するコアワクチンとなっている。接種は生後9週と12週での2回接種し、1年後に追加接種が推奨される。その後の追加接種に関しては、室内飼育でかつ、少数飼育の場合は感染の機会が少ないため3年毎の追加接種で良い。多頭飼育などのリスクが高い場合は、毎年の追加接種が推奨される。ストレスの軽減,感染の機会の減少などの良好な飼育管理が重要である。 また,猫ヘルペスウイルス感染症は幼若な猫で重篤であることから,特に幼若期の猫を他の猫から隔離するなどの措置も有効である。