猫
猫
藤野泰人(Yasuhito Fujino)
東京大学 大学院 農学生命科学研究科 獣医内科
FeLVはレトロウイルス科オルソレトロウイルス亜科ガンマレトロウイルス属に分類され、マウス白血病ウイルス(murine leukemia virus: MuLV)と同属であり非常によく似た比較的単純なウイルス構造を有し、C型レトロウイルスとも呼ばれる。レトロウイルスは球状に近い形態であり、脂質から成るエンベロープに覆われている。ウイルス粒子の内部(core)にはゲノムRNAとともに逆転写酵素(reverse transcriptase)、インテグラーゼ(integrase)、蛋白分解酵素(protease)など感染に重要な酵素が含まれている。ゲノムRNAにおける構造遺伝子として、プロモーター活性のある2つのLTR(long terminal repeat)と呼ばれる塩基配列の繰り返し領域に挟まれて、gag(内部構造蛋白質をコード)、pro(プロテアーゼをコード)、pol(逆転写酵素やインテグラーゼをコード)、およびenv(エンベロープの蛋白質をコード)を有する。FeLVはエンベロープの構造などにより、以下のようなサブグループに分けられている。
多くの真核生物組織のゲノムDNAには可動遺伝因子(transposon)が存在し、その一種として逆転写酵素などによりゲノムDNAに挿入されるレトロトランスポゾン(retrotransposon)を有することがある。このような塩基配列はレトロエレメント(retroelement)とも呼ばれる。それらのうち、レトロウイルスの塩基配列に類似したものが内在性レトロウイルス(endogenous retrovirus)であり、生物の進化の過程で挿入した外来性レトロウイルス(exogenous retrovirus)が定着したものであると考えられている。いわゆるイエネコ(Felis catus)のゲノムDNAにおいては、RD114およびFeLV様の構造を有するenFeLVが内在性レトロウイルスとして存在している。基本的にenFeLVには猫に対する病原性は無いと考えられている。
外来性FeLVの基本構造を有する。細胞への感染においてTHTR1(thiamine transporter)を受容体とする。病原性は比較的弱いが、免疫不全、免疫介在性血球減少症、リンパ系腫瘍、急性白血病などを起こすことがある。
FeLV-Aが感染し、enFeLVのenvなどと遺伝子組み換えを起こしたウイルス。細胞への感染においてPit1やPit2(phosphate transporter)を受容体とする。リンパ系腫瘍や急性白血病などのリンパ造血系腫瘍を起こすことがある。
FeLV-Aが感染し、enFeLVのenvなどと遺伝子組み換えを起こしたウイルス。赤血球系前駆細胞などの造血細胞に高発現しているFLVCR1(heme exporter)を受容体とする。赤芽球癆(pure red cell aplasia: PRCA)や再生不良性貧血(aplastic anemia)などの重篤な血球減少症を起こすことがある。
FeLV-Aが感染し、enFeLVのenvなどと遺伝子組み換えを起こしたウイルス。Tリンパ球に指向性を示し、細胞への感染にPit1とenFeLV由来のエンベロープ蛋白の一部であるFeLIXを必要とする。免疫不全を起こすことがある。
レトロウイルスは一本鎖RNAウイルスであり、細胞膜受容体を介して宿主細胞内に侵入すると、ウイルスが持つ逆転写酵素によりDNAを合成し、インテグラーゼにより宿主ゲノムDNAに組み込まれ、プロウイルスと呼ばれる状態になる。プロウイルスから恒常的にウイルスRNAやウイルス蛋白をコードするメッセンジャーRNA(mRNA)が合成され、それらのmRNAからウイルス蛋白が合成される。宿主細胞内で合成されたウイルスRNAやウイルス蛋白が重合し、完成したウイルス粒子として細胞から次々と発芽する。
外来性FeLVが感染している猫の唾液や血液を介して咬傷などにより水平感染する。また、母親が外来性FeLVに感染している場合、経胎盤感染により胎児に伝播したり、分娩時や保育時に子猫に感染することもある(垂直感染)。
外来性FeLVが感染しているか否かを検査するためには、市販のELISA(enzyme-linked immunosorbent assay)によるFeLVのp27抗原を検出するキットを用いて末梢血液中のウイルス抗原の有無を調べることが一般的である。しかし、レトロウイルスは逆転写やゲノムDNAに挿入される際に遺伝子変異を起こしやすく、変異を起こしたプロウイルスはウイルス蛋白を産生しないことがある(nonproducer) [1]。この場合は市販のキットでは抗原が検出されないため、猫の末梢血液や骨髄から抽出したゲノムDNAを用いたPCR(polymerase-chain reaction)により、挿入されたプロウイルスDNAを検出する外来性FeLV特異的遺伝子検査が必要となる。
幼猫における感染では、免疫系が発達していないことが多いためウイルスが排除されずに持続感染状態になることが多い。このように感染した幼猫はFeLVにより誘発された疾患を発症することが多く、免疫不全、重度の血球減少症、リンパ・造血系腫瘍などを発症することが多い。
成猫における感染では、免疫系によりウイルスが排除されることがあり、持続感染状態を免れることがある。持続感染状態に陥ったとしても病気を発症せずにウイルスキャリアとして寿命を全うすることもある。外来性FeLVにより病気が誘発された場合、免疫不全、重度の血球減少症、リンパ・造血系腫瘍などを発症する。
外来性FeLVにより誘発される主なリンパ・造血系腫瘍としては、高悪性度リンパ腫、急性リンパ芽球性白血病、骨髄異形成症候群、急性骨髄性白血病などがある。高悪性度リンパ腫では、解剖学的に縦隔型(胸腺型)が最も多く、多中心型、鼻腔・眼窩型、脾臓型なども認められるが、消化器型リンパ腫を誘発することは少ない。
レトロウイルス誘発性腫瘍における主な発生機序として、挿入変異原性(insertional mutagenesis)が挙げられる [2, 3]。これは、MuLVやFeLVなどの腫瘍原性レトロウイルスが逆転写酵素とインテグラーゼにより宿主ゲノムDNAに組み込まれる際に、腫瘍原性遺伝子(癌原遺伝子、proto-oncogene)や細胞増殖に関与する遺伝子の近傍に挿入されると、その遺伝子の発現を増強あるいは活性化し、細胞の異常増殖を促し、腫瘍を引き起こすことがあるという概念である。また、腫瘍抑制遺伝子(tumor-suppressor gene)やアポトーシスを促す遺伝子の中に挿入されると、その遺伝子構造が異常となり、正常な発現ができずに細胞増殖を促し、腫瘍を引き起こすこともある。このようなinsertional mutagenesisは特定の遺伝子領域において起こり得ることが解っており、レトロウイルスが挿入される特定の領域を共通組込部位(common integration site: CIS)と呼ぶ。CISはMuLVにおいては既に100以上の領域が同定されているが、FeLVにおいてはc-myc、flvi-1、flvi-2、fit-1、pim-1およびflit-1 [4]の6遺伝子領域が同定されているのみである。FeLVのプロウイルスがこれら6遺伝子領域に組み込まれると、いずれもリンパ腫を発生する可能性が高くなると考えられている。
外来性FeLVに対するワクチンが数種類入手可能であるが、いずれも100%感染を防御できる保証はない。ワクチン接種は有効であると考えられるが、加えて感染対策を講じることが重要である。具体的には限定された屋内で猫を飼育することが効果的であると考えられる。多頭飼育の場合は、屋外からの猫の侵入を防止する、あるいは屋外飼育であった猫を飼育する場合はFeLVに感染しているか否かを事前に検査することが感染予防には重要である。さらに、猫の生活環境を清浄化することも有効である。FeLVは体外では非常に不安定であり、外気温では数分~数時間程度で感染力を失う。また、太陽光線、紫外線、熱、水などに暴露されると容易に死滅し、次亜塩素酸ナトリウム、ホルマリン、アルコール、洗剤(界面活性剤)、アンモニア水などにより殺滅させることが可能である。
基本的に、持続感染状態になった猫から治療によりウイルスを完全に排除することは困難である。従って、感染予防が最も重要である。
外来性FeLV感染により疾患を発症した場合は、それぞれの疾患に対する適切な診断および治療が必要となる。例えば、血球減少症を呈した場合に、原因が免疫介在性機序によるものなのか、あるいはリンパ・造血系腫瘍によるものなのかを詳細な臨床検査により診断するべきである。免疫介在性機序による疾患であれば免疫抑制療法が適応となり、リンパ・造血液腫瘍であれば抗癌剤療法が適応となる。