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の感染症

猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症
(Feline Immunodeficiency Virus Infection)

遠藤 泰之(Yasuyuki Endo)

鹿児島大学臨床獣医学講座内科学分野

病態

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猫免疫不全ウイルス(Feline immunodeficiency virus, FIV)は、レトロウイルス科のレンチウイルス属に属するウイルスであり、アメリカ合衆国において免疫不全様の症状を呈した猫から1986 年に初めて分離された。FIVの主な感染経路は闘争等による咬傷で、直接的な伝播であり、唾液中に含まれるウイルスが相手の傷を介して感染する。とくに何らかの臨床症状を呈している猫や、口腔内に病変を有する猫からの感染効率は高いと考えられている。FIVはTリンパ球、Bリンパ球、マクロ

ファージ、および星状膠細胞などに感染することが確認されている。FIVの株間で細胞指向性が異なることも報告されている。

病態としてはその臨床症状に基づき、ウイルスへの曝露後から急性期(Acute phase, AP)、無症候キャリアー(Asymptomatic carrier, AC)期、持続性リンパ節腫大(Persistent generalized lymphadenopathy, PGL)期、エイズ関連症候群(AIDS-related complex, ARC)期および後天性免疫不全症候群(Acquired immunodeficiency syndrome, AIDS)期の5つの病期に分類されている。APでは、非特異的症状である発熱や、リンパ節腫大、白血球減少、貧血、下痢などが見られる。この期間は感染後約数週間から4ヶ月程度持続し、同時に血中の抗FIV抗体が陽転することが特徴とされる。一般に感染後約4週間で抗体の陽転が見られる。これに続きAC期となるが、この時期はその名の通り感染猫は臨床症状をとくに呈することはなく、数ヶ月から数年持続すると考えられている。続いて全身性のリンパ節腫大の見られるPGL期となるが、この時期は臨床的に明確ではない場合もある。さらにARC期、AIDS期と病期は進行するが、ARC期では免疫異常にともなう症状が現れてくる。主なものには口内炎や歯肉炎(図1)、上部気道炎、消化器症状、皮膚病変などが挙げられる。AIDS期ではいわゆる免疫不全から招来される症状を呈する。これにはクリプトコッカス症、カンジダ症、ヘモプラズマ症、毛包虫症といった各種の日和見感染症や、貧血あるいは汎血球減少症、神経症状(脳炎)、腫瘍などがある。この臨床病期の進行と血中ウイルス量には相関があると考えられている。

疫学

現在FIV感染症は、日本を含めたアジア各国、北米、南米、ヨーロッパ、オセアニアなど、世界各地で報告されている。感染率は各地域ならびに国ごと、あるいは検索時期によっても異なるが、全体的として約1割程度と言われている。日本においては、1987年に収集された猫の血液サンプルにおけるFIV陽性率は28.9%であったと報告され、その後1994年から1999年に17道府県で調査された猫におけるFIV陽性率は9.8%だったという結果が示されている。

猫の飼育形態は感染するリスクを左右する要因のひとつである。屋内と野外を自由に行き来する猫の感染率は15〜30%と高いことが知られており、屋外に出ることのできる猫の感染危険率は屋内猫のそれに比べ、20倍高いことが報告されている。また感染率に関して性差もあり、雄猫は雌猫に比べ感染猫の割合が2倍以上多い。

またFIVは遺伝的多様性が非常に大きくサブタイプ(あるいはクレード)と呼ばれる亜型として分類されており、これまでにFIVのサブタイプはA〜Fの6型が確認されている。我が国ではA、B、C、D、4つのサブタイプのFIVが分布していることが知られている。さらに最近になって、サブタイプDが2つに細分類される可能性も示された。

そこで我々は全国47都道府県に位置する動物病院の協力を得て、2008年に最低週に1回は屋外に行く1,770頭の猫より採集された血液材料をもとに血清学的なFIVの蔓延状況を調査するとともに、サブタイプ別の分布についても分子生物学的に解析した。その結果、23.2%(410頭/1,770頭)の猫が血中抗FIV抗体陽性を示した。感染危険率は、成猫ならびに雄であること、さらに咬傷歴、何らかの臨床症状および既往歴を有する猫で有意に高かった(表1および図2)。サブタイプの解析では過去の報告と同様にA、B、C、D、4つのサブタイプのFIVが確認された。これまで我が国ではサブタイプCのFIVはのべ2例しか報告されていなかったが、今回の調査では中部地方に多いことが明らかとなった(図3)。

    被検猫 (%) 抗FIV抗体陽性猫 (%)
全症例   1,770 (100%) 410 / 1,770 (23.2%)
品種 雑種 1,695 (95.7%) 403 22.80%
  アメリカンショートヘア  26 (1.5%)     4 0.20%
  ペルシャ  5 (0.3%) 1 0.10%
  アビシニアン  4 (0.2%) 0 0.00%
  その他  40 (2.3%) 2 0.10%
性別 雄  939 (53.1%) 292 16.50%
  雌  825 (46.6%) 117 6.60%
  不明  6 (0.3%) 1 0.10%
闘争による咬傷歴 あり  716 (40.5%) 250 14.10%
  なし  956 (54.0%) 142 8.10%
  不明  98 (5.5%) 18 1.00%
何らかの臨床症状 あり  1,175 (66.4%) 332 18.80%
  なし  586 (33.1%) 74 4.20%
  不明  9 (0.5%) 4 0.20%
既往歴 あり  761 (43.0%) 219 12.40%
  なし  935 (52.8%) 176 9.90%
  不明  74 (4.2%) 15 0.90%
口内炎/歯肉炎 あり  488 (27.6%) 180 10.20%
  なし  1,216 (68.7%) 210 11.90%
  不明 66 (3.7%) 20 1.10%

表1 被検猫のプロフィールと血中抗FIV抗体陽性率


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サブタイプの解析では過去の報告と同様にA、B、C、D、4つのサブタイプのFIVが確認された。これまで我が国ではサブタイプCのFIVはのべ2例しか報告されていなかったが、今回の調査では中部地方に多いことが明らかとなった(図3)。

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J. Vet. Med. Sci., 72:1051-1056, 2010.より一部改変

診断

FIV感染症の診断は、一般に血液中の抗FIV抗体を検出することで行われる。抗体の検出には感染細胞を抗原とした蛍光抗体法やウェスタンブロッティング法を用いることができるが、検査キットが市販されているので、臨床的にはこの方法が簡便である。検査の対象とすべき猫は、何らかの臨床症状を呈する猫、これから飼育しようとする猫、FIVに暴露された可能性のある猫、FIVの感染が不明な猫、FIV感染猫と同居している猫、屋外で飼育されている猫である。いずれの感染症についても言えることであるが、抗体を検出する系を用いて診断する際は、病態と抗体産生時期との関係について理解しておかなければならない。猫が実際にウイルスに暴露され感染が成立し抗体が産生されるまでの期間は、猫によって異なるが約1〜2カ月程度ある。それまでの期間は抗体陰性となるため、偽陰性結果が得られる可能性がある。感染の可能性のある猫については、1回の検査だけではなく、6〜8週間後にもう一度評価することが必要である。また幼齢猫、とくに6カ月齢未満の猫における評価についても注意が必要である。これは母猫がFIVに感染している場合、母親からの移行抗体を有しているためである。移行抗体は生後12週齢程度まで残存していると考えられている。このような猫では陽性の検査結果が得られることがあるため、6カ月齢以上に成長した後、もう一度評価する必要がある。他の検査系としてPCR法やRT-PCR法によるプロウイルスDNA、あるいはウイルスRNAの検出を行うことができるが、特殊な機器等が必要なため特定機関でしか実施できない。前述のように血中ウイルスRNA量が病期の進行とともに増加し、このパラメータが予後の予測に有効であることが示されているが、本検査系はまだ臨床応用には至っていない。

また2008年より我が国でもワクチンが導入されたが、このワクチンの導入により、FIV感染症の診断法が複雑になることを考慮しなければならない。前述のように現在FIV感染の有無は抗FIV抗体の検出によるところが大きいが、ワクチンを接種された猫でも当然抗体は陽性となるため、現在ルーチンに用いられている抗体の検出方法では、ワクチン接種猫と実際に感染している猫との鑑別が困難になる。このワクチンは不活化ワクチンであるため、接種猫ではウイルス増殖が見られないことから、理論的にはプロウイルスDNAやウイルスRNAを検出するPCR法、あるいは他の免疫学的検査法等を応用すれば鑑別は可能である。今後、確実かつ経済的に両者を鑑別できる検査法の確立が必要である。

治療

FIV感染猫における治療については、ウイルスに対する原因治療と、併発する様々な疾患あるいは症状に対する対症療法のふたつを考慮する必要がある。しかし原因治療(抗ウイルス療法)については様々な研究が行われているが、FIV感染症に関しては積極的に臨床応用されていないのが現状である。これまでに報告されているFIV感染症に対して有効であると思われる抗ウイルス薬の多くは逆転写酵素阻害剤であり、作用機序はウイルス複製の初期の過程を阻害することにある。ジドブジン(別名:アジドチミジン, Azidothymidine, AZT)が用いられることもあるが(5~15mg/kg, PO, BID)、骨髄抑制が見られることがあるため注意が必要である。その他にアデフォビル(Adefovir, PMEA)、テノフォビル(Tenofovir, PMPA)、ラミブジン(Lamivudine, 3TC)等の逆転写酵素阻害剤のFIV感染猫への応用が報告されているが、これらは臨床的に用いられていない。インターフェロン-ωの投与により、生存期間の延長が見られたとの報告もあるが、その作用機序は不明である。免疫賦活剤あるいは免疫調整剤(Propionibacterium acnes[P. acnes]やアセマンナン等)の適用についても報告はあるものの、こちらもその効果は認められないか臨床的有用性に関する科学的根拠に乏しい。

二次感染の管理や、FIV感染による免疫異常にともなって生じる病変の沈静化に対しては対症療法を行う。口内炎や歯肉炎はFIV感染猫における非特異的なリンパ球の活性化が関与していると考えられているため、抗炎症作用を目的としたステロイド剤の投与と、二次感染防止のための抗生物質の投与が行われる。またラクトフェリンの投与が有効であるとの報告もある。その他にも上部気道炎、下痢、感染性の皮膚疾患が見られるが、基本的にはそれぞれの原因や治療に応じて、抗炎症剤、抗生物質、抗真菌剤、駆虫薬などを用いていかなければならない。またリンパ腫が見られる場合には多剤併用化学療法が選択されるが、明らかな免疫異常あるいは免疫不全を伴う場合は、二次感染のコントロールはさらに重要となる。

予防

予防については猫を物理的にFIV陽性猫と接触させないことが感染予防につながる。本ウイルスの伝播力はさほど強くないので、猫同士の闘争に巻き込まれることがなければ感染するリスクが激減する。猫を室内で飼育すること、新しい猫を導入するときには感染の有無を確認すること、また感染のリスクをおった猫は再度感染の有無を確認することなどが重要である。FIVの発見から四半世紀を経て、ようやくFIVに対する不活化ワクチンが開発され、2008年から日本でも市販されるに至り、利用可能である。しかしその感染予防効果についてはまだ検証する余地があると思われる。

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