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の感染症

猫ヘモプラズマ感染症
(Haemoplasma Infection)

久末 正晴(Masaharu Hisasue)

麻布大学 内科学第二研究室

病態

猫ヘモプラズマ(Hemoplasma)感染症は、病原体の猫赤血球への寄生により赤血球の破壊が引き起こされ、溶血性貧血が発生する疾患である。 その感染経路は、ダニによる吸血、猫同士の喧嘩による咬傷、および母子感染が考えられるが未だ明らかではない。急性期における臨床症状は、発熱、元気消失、食欲不振、黄疸、沈鬱、脱水、脾臓の腫大および血色素尿等が認められる。 一般血液検査では、通常は再生性の貧血が認められ、中には血小板減少症が認められることもある。 また、血液化学検査では血管外溶血の結果、しばしばビリルビンの増加が見られる。本症はネコ白血病ウイルス(Feline Leukemia Virus; FeLV)およびネコ免疫不全ウイルス(Feline Immunodeficiency Virus; FIV)に感染している猫において感染率が高いことが示唆されている。この理由は明らかにされていないが、これらレトロウイルス感染は免疫機能を低下させることから、免疫不全による感染リスクの増大が主な原因として考えられている。
病原体であるhemoplasmは、以前はリケッチアの一種であるヘモバルトネラ(Haemobartonella felis)と呼ばれていたが、詳細な遺伝子配列解析の結果、Mycoplasma(M.)種の16S rRNA遺伝子の塩基配列に相同性が高いことが分かり、マイコプラズマの一種であることが確認され呼称も変更された。 更にその後、猫に感染するマイコプラズマにはいくつかの株があることが明らかとなり、M. haemofelis, ‘Candidatus(C.) M. haemominutum’および‘C. M. turicensis’に分類された。

診断

本感染症の診断は、これまで末梢血の塗抹標本の鏡検によって行なわれてきた。感染率の高い場合には、猫赤血球の膜表面上に単一または連銭した形態の青または赤紫色の好塩基性に染色される小さい球菌様(0.3~0.8μm)の寄生体を確認することができる(図1)。

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図1 赤血球に寄生が見られたヘモプラズマ

しかしながら、これら寄生体は概して形態学的特徴に乏しく、ハウエル・ジョーリー小体や好塩基性斑点といった赤血球の構造物、およびゴミなどの夾雑物との鑑別はしばしば困難である。さらに寄生体出現には一日の中でも周期性があり、必ずしも検査時に罹患動物の血液中に寄生体が認められるとは限らない。 実際に、感染実験における塗抹標本の鏡検評価による検出率は、わずか37.5%であったとされている。 現在では、高感度な検出系であるPCR法を応用した遺伝子診断が普及しており、国内および海外の検査機関によってほぼ正確にヘモプラズマ感染症の有無を判定できる(図2)。

遺伝子診断のもう一つの長所は、形態評価では不可能な感染株の同定が可能な点である。実験感染からM. haemofelis感染は‘C. M. haemominutum’よりも猫に対して重い貧血を起こすことが報告されている。‘C. M. haemominutum’単独感染では、貧血は起こらないか軽度であることが示唆されている。また、‘C. M. turicensis’の病原性については不明であるが、単独感染よりも他のヘモプラズマとの共感染例が多く、その場合には貧血が重篤化することが報告されている(図3)。

図2 PCR法によるヘモプラズマ病原体の遺伝子断片の 検出。M.haemofelis、‘C.M.haemominutum’および‘C.M.turicensis’でそれぞれ異なる遺伝子配列を持つことを 利用し、複数の株を同時に検出することが可能である。

図3 ヘモプラズマ感染症の特徴

我々が過去に調査したデータでは重症な貧血 (PCV<20%)はM. haemofelis感染において認められ、一方、‘C. M. haemominutum’感染猫では軽度の貧血(PCV>20%)しか認められなかった(図4)。
また、感染猫18頭の内2頭(11.1%)は両マイコプラズマによる複合感染例であり、平均PCVが16.5%という重度の貧血を示した。 従って、感染株を特定することは、治療反応や再発の可能性を推測する上で重要な指標になるであろう。

図4 感染ヘモプラズマ株による貧血レベルの変化

治療

治療は、診断を行ってから実施することが望ましいが、ヘモプラズマ感染を確認するには遺伝子診断の結果を待つ必要がある。検査結果が出るまでには数日(海外検査機関は1週間)かかるため、軽症例でない限りヘモプラズマ感染が疑わしい時点で治療は始めることが多い。以前から、ヘモプラズマにはテトラサイクリン系抗生物質が有効であるとされており、実際に使用されている。しかしながら、テトラサイクリンは1日3回投与する必要があるばかりでなく、発熱などの副作用が見られる。また、現在推奨されているドキシサイクリン(5mg/kg, PO, SIDもしくはBID, 3週間)は、タンパク合成阻害作用により抗菌力を発揮する薬物である。本薬剤は投薬が1日1~2回であるため治療は容易であるが、粘膜刺激による胃腸障害のために腹部の不快感、嘔吐および食欲不振が認められることがある。さらに、食道狭窄を伴う食道炎が発生したという報告もある。その場合には、他の抗生物質を用いるべきである。最近、ニューキノロン系抗生物質のエンロフロキサシン(5~10mg/kg, POもしくはSC, SID, 2週間)にて、ドキシテトラサイクリンと同等あるいはそれ以上の効果を示したと報告されている。本薬剤は、一般的に広く普及しており、かつ副作用も少ないことから今後広く普及してゆくと思われる。しかしながら、急性かつ不可逆的な視力障害(失明と網膜変性)が報告されているので、注意が必要である。

重症例では、赤血球の免疫学的破壊を防ぐ目的でプレドニゾロン(2~4mg/kg, POもしくはSC、SID)を短期的に用いることがある。筆者も、赤血球自己凝集を伴う激しい溶血性貧血の猫では抗生物質とプレドニゾロンの同時投与を実施している。また、ヘモグロビン値5g/dl以下、もしくはPCV10%以下といった著しい貧血の場合は補助的な治療として輸血を行うべきである。

ヘモプラズマ感染症による貧血のほとんどは、抗生物質療法と補助療法によって改善することができる。しかし、稀ではあるが再発を繰り返し、長期的に抗生物質投与が必要になる例も見受けられる。また、本邦では欧米に比べFeLVおよびFIVの感染率が非常に高い。 そのため、貧血がこれらウイルス感染によって発生する血液異常も重複して発症していることも多く、抗生物質治療後の貧血改善効果は必ずモニタリングする必要がある。現在、ヘモプラズマの治療薬はどの感染株に対しても画一的であるが、将来的には個々の感染株に対する感受性も評価され、株ごとに治療薬が変更される可能性は十分にある。また、定量的PCR法が普及すれば、感染病原体量を数的に測定でき、ヘモプラズマ感染症に対する治療反応や治療終了時期を個々の症例で決めることができるようになるものと考えられる。

予防

残念ながら、本感染症を確実に防止する予防薬やワクチンは開発されていない。したがって、本菌のキャリアとの接触を避ける必要がある。また、ヘモプラズマは一度感染すると抗生物質等によって完全に駆除することができず、輸血のドナーとしては利用することができない。遺伝子診断は高感度であるため、たとえ無症状のキャリア猫においても十分ヘモプラズマの感染を検出しうる。もし屋内飼育の猫に、他の屋外飼育の猫を導入もしくは濃厚に接触する可能性がある場合には、事前にヘモプラズマの感染の有無を遺伝子診断によって確認すべきであろう。

疫学

我が国における猫のヘモプラズマの蔓延状況を把握するとともに、その臨床的特徴を明らかにすることを目的として、全国規模での分子疫学調査を行った。2008年3月から10月までの期間で、日本全国47都道府県のそれぞれ位置する動物病院に来院し、最低週に1日は外出する猫を対象とした。各動物病院においてそれらの猫の年齢、性別、外出頻度、咬傷歴、来院理由等を記録するとともに、血液を採取しPCR法を用いてヘモプラズマ保有状況を調査した。

本調査では、1770頭の猫が対象となり、1770頭中468頭(26.4%)で3種のヘモプラズマのいずれか、または混合感染していることが明らかとなった。3種のヘモプラズマに関する陽性率は、Mycoplasma haemofelis (Mhf)が 90頭(5.1%)、‘Candidatus M. haemominutum’ (CMhm)が372頭(21.0%)、‘Candidatus M. turicensis’ (CMt)が118頭(6.7%)であった(図5)。Mhf、CMhm、およびCMtに単独感染している猫はそれぞれ、42 頭(2.4%)、 280頭(15.8%)、48頭(2.7%)で、さらに混合感染している猫は98頭確認され、MhfとCaMhに28頭(1.6%)、MhfとCaMtに6頭(0.3%)、CaMhとCaMtに50頭(2.8%)、3種全てに14頭(0.8%)がそれぞれ感染していることが明らかとなった(Tanahara, M. et al., J Vet Med Sci, in press)。

次に猫のシグナルメントや飼育環境とヘモプラズマ感染との関連を解析したところ、雄であること、中高齢であること、咬傷歴を有すること、猫免疫不全ウイルスに感染していることが感染に関する危険因子として挙げられた(図6)。さらに臨床症状を呈していない猫にも感染が確認されたことから、発症せずに潜伏感染している例も多く含まれると考えられた。

図5 ヘモプラズマの3株の分布

図6 ヘモプラズマ感染における危険因子。これぞれの項目は、統計解析(単量変および多量変解析)を実施した結果、性別(雄)で3.15倍、年齢(2歳以上)で2.15倍、咬傷歴ありで1.43倍、さらにFIV抗体陽性で3.07倍の感染リスクがあるこ とが明らかとなった

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