猫
猫
猪熊 壽(Hisashi Inokuma)
帯広畜産大学臨床獣医学研究部門
Q熱は人と動物の共通感染症であり、感染症法では4 類全数届出感染症である。近年では毎年数名程度の人患者が報告されているが、猫では不顕性感染がほとんどである。国内における実態や病像に関しては疫学的なデータが不足しており不明な点が多い。
Q熱の発生は、1936年にオーストラリアでと畜場作業者の急性熱性疾患の集団発生が最初である。この疾患は当時原因がわからなかったため、 query(疑問)の頭文字をとって「Q fever」とよばれた。BurnetとCoxがそれぞれ別々に分離した2つのリケッチア類似細菌は、全く同一のものであることが確認され、2人の名前にちなみCoxiella burnetiiと命名された。
C.burnetiiは偏性細胞内寄生細菌で、大きさは0.4~1.0μmと一般細菌の1/3ほどである。当初はリケッチアに分類されていたが、遺伝子解析による再分類により、リケッチアよりもむしろ一般細菌に近いとされ、現在ではレジオネラ目・コクシエラ科・コクシエラ属に分類されている。
自然界の広範な動物種‐哺乳類・鳥類(野生動物、家畜、伴侶動物)が人への感染に関与する保菌動物であると考えられている。多くの動物では不顕性感染の状態で保菌されている。C.burnettiiは、妊娠動物の胎盤で増殖し、出産・流産の際に散布される。乳汁、糞、尿からも排泄されることが知られている。これら膣や子宮の分泌物、乳汁や尿などの感染体液による経口または飛沫感染、あるいは感染組織(胎盤など)の経口摂取により感染する。
また、動物の感染サイクルにおいて、C.burnetiiは節足動物によって媒介され、日本に生息するいくつかのマダニ種から本病原体が分離されている。
感染猫は人のQ熱の重要な保菌動物であると考えられており、分娩した感染猫との接触により人に感染する可能性がある。とくに、保菌動物の羊水や糞尿で汚染された乾燥粉塵を吸入する経気道感染が知られている。
Q熱病原体は世界中に広く分布しており、日本でも患者の発生が報告されている。1988年に海外からの帰国者にQ熱の発生があったが、1990年代になってから、インフルエンザ様急性熱性疾患を呈した小児からC.Burnetii が分離され、日本にもC.Burnetii の自然感染があることが明らかになった。多くの疫学調査が実施されているが、獣医療獣医者、インフルエンザ様疾患小児のC.Burnetii の抗体保有状況は健康成人に比較して陽性率が高い(表1)。
Q熱は感染症法の4 類全数届出感染症であり、患者発生数は把握されることになっている。国内では毎年数名程度の患者が報告されており、時に輸入例の報告もみられている。
猫への感染はマダニ刺咬、汚染された死体や胎盤の経口摂取、あるいは飛沫吸入により起こることが最も多い。これまでの調査では、日本の猫では、6~42%が血清学的に陽性と報告されているが、野良猫では感染率が高い傾向にある。また、日本の健康な猫からは、菌も分離されている。
人のQ熱は急性型と慢性型に大別される。
急性Q熱は、インフルエンザ様疾患、肺炎、肝炎、不明熱など多彩な病像を呈するが、多くは上気道炎や気管支炎、肺炎など呼吸器感染症の病態を示す。臨床症状は、暴露後4~30日で発現する。急性Q熱の多くは予後良好で、特異的症状や検査所見のない急性熱性疾患もしくは非定型肺炎として、診断されずに自然治癒もしくは抗生剤治療されている可能性がある。しかし、脳炎や髄膜炎等の合併症をみることもあり、一部は慢性型に移行する。
慢性Q熱は、6カ月以上の経過をとるもので、70%が心内膜炎を呈する。血液培養陰性の心内膜炎では、Q熱による心内膜炎を疑う。その他、動脈炎や骨髄炎も生じうる。さらに、Q熱感染後の慢性疲労症候群として、長期の不定愁訴の持続症状を呈する症例も報告されている。
猫では大部分が不顕性感染と思われる。ただし、実験感染猫では発熱、食欲不振、元気消沈などの症状が発現したと報告されている。感染は猫の流産に関係しているが,正常分娩の猫からも病原体は分離されている。
C.burnetii感染は、抗体の検出(抗体価上昇の証明)、血液・喀痰等検体からのPCRによる病原体遺伝子検出、または免疫組織学的方法によって診断する。日本ではQ熱の診断が可能な検査機関が限定されている。とくに、動物の診断体制は十分ではない。
C.burnetiiは偏性細胞内寄生細菌であるため、感染症治療には、テトラサイクリン系、ニューキノロン系の抗生剤が有効である。症状改善後も長期間(2~4週間)の継続投与が必要である。
なお、人の治療については医療機関に相談のこと。
分娩や流産猫を取り扱う際には手袋およびマスクを着用し、汚染された乾燥粉塵の暴露を予防する。猫との接触後に発熱や呼吸器症状を示した場合は医療機関を受診する。発熱での受診時に、動物との接触歴を医師に告げることも重要である。なお、我が国では本病のワクチンは利用できない。