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の感染症

リケッチア感染症
(Feline Rickettsial Infections)

猪熊 壽(Hisashi Inokuma)

帯広畜産大学臨床獣医学研究部門

病原体

リケッチアは大きさ0.3~2μmと細菌としては小型であり(図1)、その構造と生化学的性質は他の細菌と類似しているが、宿主細胞内でのみ増殖可能(偏性細胞内寄生)という特徴がある(図2)。リケッチアは主に節足動物によって媒介され、哺乳動物宿主内では血管の内皮細胞あるいは血液細胞に感染し、人と動物に対して、発熱、発疹、血液細胞の異常などの症候をおこす。

猫に関係するリケッチア感染症として、具体的には紅斑熱、アナプラズマ感染症およびエールリッヒア感染症が含まれる。これらの感染症の多くは人と動物の共通感染症であるが、猫に明らかな病原性を示すものは多くない。日本でとくに問題となっているリケッチア感染症としては人の日本紅斑熱があるが、猫の症例は報告されていない。

# 図1 蛍光抗体法によるRickettsia japonica抗体陽性所見。図中の大型の構造物は細胞で、崩壊した細胞外に点状に散在しているのが病原体。
# 図2  単球系培養細胞の細胞質内に感染しているEhrlichia canis

 

感染経路と疫学

# 図3 猫の眼瞼に付着したヤマトマダニ若ダニ(矢印)。マダニ寄生時には痛みや痒みを伴わないため、吸血されても動物は気がつかない。

リケッチアは、節足動物‐マダニ、ノミが媒介することによって動物に感染する。リケッチア類は野鼠や鹿などの野生動物の体内で増殖し、その血液を吸血した節足動物が感染源となる。人や猫は、感染吸血節足動物に吸血される際に病原体の体内侵入を受ける(図3)。

日本紅斑熱(Rickettsia japonica感染症)は、1984年徳島県で人の初発例が報告されて以来、西日本を中心に発生地域と患者数が徐々に増加しており、最近では年間100例を超す人の患者発生があり、関東での発生例も報告されている。日本紅斑熱のベクターはキチマダニ、フタトゲチマダニ、ヤマトマダニなど国内に広く分布するマダニである。本症の発生時期は、ベクターの活動時期に一致して春から始まり、夏から秋にかけて多発する。野生の鹿とげっ歯類は本病感染の主要なキャリアである。国内の猫の調査では、約1%の猫が抗体陽性を示したが、血液からの遺伝子検出例、あるいは関連する症状を呈する個体は報告されていない。

# 図4 ネコノミの頭部

Rickettsia felisは世界中に広く分布するネコノミ、イヌノミ、ヒトノミから検出されている(図4)。R.felis DNAは、欧米、豪州、東南アジアのネコノミから検出されている。日本では近縁種のDNAがエゾリスのノミ、マダニ、イヌ、アライグマから検出されているが、猫あるいは猫寄生ノミからの検出例はない。

Anaplasma phagocytophilumも広く世界中から検出されている。欧米ではマダニ属マダニがベクターであるが、日本ではマダニ属(シュルツェマダニ、ヤマトマダニ)に加えて(図5)、チマダニ属マダニ(フタトゲチマダニ、オオトゲチマダニなど)からも検出されている。人の患者発生は欧米が中心であるが、近年、日本でも人の不明熱患者数例からA. phagocytophilum DNAが検出された。猫に関しては、海外では猫の末梢血から病原体DNAが検出されており、形態的にも末梢血好中球での感染が確認されている。しかし、これまで調査した限りでは、日本の猫から同病原体が検出されたことはない。

# 図5 シュルツェマダニ幼ダニ、北海道・東北等の寒冷地、あるいは本州の高地に生息する。

その他、海外では猫のエールリッヒア感染(Ehrlichia canisまたは近縁種)が確認されているが、日本では検出されたことがない。これまでに日本の猫から検出されたことのあるリケッチア類としては、Anaplasma bovisがある。これは本来反芻動物の病原体として知られていたが、近年の調査では日本国内の牛、鹿、アライグマ、犬からも検出されている。

 

人と猫の臨床症状

日本紅斑熱:人では感染2~8日後の高熱と発疹が主要症状であり、急性期には39~40℃以上の高熱とともに、主として手足、手掌、顔面などに発疹(紅斑)が多数出現する。痒み、疼痛はない。好中球増多、血小板減少、CRPの上昇、肝酵素の上昇がみられる。重症例では死亡例も報告されている。猫では抗体陽性例が確認されていることから、病原体への暴露は考えられるが、これまで発症例の報告はなく病原性は不明である。

Rickettsia felis感染症:人ではR.felisの感染により、発熱、頭痛、筋肉痛、斑状発疹が認められる。いっぽう猫におけるR.felisの病原性はいまのところ不明である。

Anaplasma phagocytophilum感染症:人の感染症状はインフルエンザ様症状であり、発熱、頭痛、筋肉痛のほか、消化器症状(悪心、嘔吐、下痢)、呼吸器症状、意識混濁が報告されている。いっぽう、猫では、発熱、食欲不振、元気消失が一般的に認められる。

その他のリケッチア:猫のエールリッヒア感染では、呼吸困難、点状出血、網膜剥離、硝子体出血、粘膜蒼白が異常所見として報告されている。

日本の猫から検出されたA.bovis感染猫2頭ではどちらにも口内炎がみられたが、合併するFIV感染のためA.bovisの病原性は評価されていない。

診断

リケッチア感染は、いずれの種であっても、間接免疫蛍光抗体法による抗体の検出(抗体価上昇の証明)、血液あるいは皮膚の病変部・マダニ刺咬部からのPCRによる病原体遺伝子検出、または病原体分離によって診断する。

人の日本紅斑熱については、地方衛生研究所等における診断体制が整いつつあるが、一般的にはリケッチア感染症の診断が可能な検査機関は限定されている。動物でも原因不明の発熱、白血球減少症、血球減少症等を呈する症例では、リケッチア感染症を鑑別診断リストに加えてもよいが、診断体制は十分ではない。

治療

日本紅斑熱の場合、人では治療薬としてドキシサイクリンまたはミノサイクリンが著効を示す。ニューキノロン系抗生物質が有効との報告もある。

猫では暴露されることはあるが、病原性については不明な点が多く、発症例も極めて少ないため治療法も不明である。理論的にはリケッチアは偏性細胞内寄生なので、テトラサイクリン系の抗生剤が有効である。

予防

マダニの刺咬を防ぐことが予防になる。猫はノミやマダニを人の生活環境に持ち込むことがあるという意味で、人に対する感染源となりうる。感染予防のためには、猫に使用することが認可されている殺ダニ剤を使用する。

海外では猫のA.phagocytophilum感染例もあるので、とくに海外から輸入された、あるいは帰国した動物については注意する必要がある。

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